鏡餅に煮干しを飾る意味は?地域の風習に込められた願いや祈りとは

お正月の準備で鏡餅を用意する際、するめや昆布といった海産物が飾りに使われるのをよく見かけることでしょう。
その中で、ふと「煮干し」がそっと添えられているのを目にしたことはありませんか?
鏡餅に煮干しを飾る風習は、昆布やするめほど一般的ではないかもしれませんが、そこには古くからの深い意味が込められています。
一体どのような意味があるのか、また、それは特定の地域の風習なのでしょうか。
日本の正月飾りは非常に多様性に富んでおり、地域ごとに異なる特色があります。
煮干しだけでなく、様々な海産物がその土地ならではの縁起物として用いられているのです。
この記事では、鏡餅と煮干しにまつわる意味や由来、飾られる地域について詳しく掘り下げます。
- 鏡餅に煮干しを飾る意味と由来
- 煮干しを飾る地域の特色
- するめや昆布など他の海産物の縁起
- 鏡餅に関する日本各地の多様な文化
鏡餅に煮干しを飾る意味とは?
鏡餅に煮干しを飾る意味とは?
鏡餅に煮干しを添える風習には、新年を迎えるにあたり、豊かな実りと収穫を願う深い意味が込められています。
煮干しは、主にカタクチイワシの稚魚を干して作られます。
このイワシは、古くから田畑を耕すための貴重な肥料として用いられてきました。
イワシを肥料としてすき込んだ田んぼは、窒素やリンといった栄養素が豊富になり、稲が豊かに実ったことから、イワシ(煮干し)は「田作り(ごまめ)」とも呼ばれるようになりました。
「ごまめ」という言葉には「五万米」の字が当てられることもあり、米が万倍にも増えるようにという豊作への願いが込められています。
このため、鏡餅に煮干し(田作り)を飾ることは、年神様(としがみさま)に対し、「今年も一年、豊かな収穫に恵まれますように」という五穀豊穣への切実な祈りを表現しているのです。
この風習は、おせち料理に欠かせない一品である「田作り」とも共通するものです。
(参照:農林水産省「おせち料理のいわれ」)
また、イワシは海産物であることから、五穀豊穣だけでなく、「豊漁」を願う意味合いを込めて飾る地域もあります。
このように、煮干しは新しい年の食生活が陸と海の両方で豊かになることへの、素朴で力強い願いが込められた大切な縁起物なのです。
鏡餅に煮干しを飾る地域はどこ?
鏡餅に煮干しを飾る風習は、日本全国どこでも見られるものではなく、特定の地域で今もなお受け継がれている比較的珍しい習慣と言えます。
特に知られているのが、秋田県や青森県といった東北地方の一部です。
提供されたデータベースの情報によれば、秋田県の鏡餅の飾り方として、三方やお盆などに半紙を敷き、昆布や松葉と共に「煮干しやスルメを添える」ことがあると記されています。
この場合、餅の上に直接載せたり、餅と餅の間に挟み込んだりするのではなく、お供えの台座の上、お餅の周囲に他の縁起物と一緒に「添える」形で飾られるのが特徴のようです。
青森のしめ縄にも煮干しが
青森県八戸市周辺では、鏡餅そのものへの飾りとしてだけでなく、正月の「しめ縄」に煮干しを用いる風習も見られます。
「トシナ」や「ボウトシナ」と呼ばれる棒状のしめ飾りに、昆布や松葉、紙垂(しで)、木炭などと並べて、煮干しを挟み込んで玄関や神棚に吊るすのです。
これは、家全体に豊作や豊漁の願いをかける意味合いがあると考えられます。
これらの地域で煮干しが飾りに用いられる背景には、煮干しが身近な海産物であったことに加え、古くから五穀豊穣や豊漁を願う大切な縁起物として、地域の生活文化に深く根付いてきたことがあると考えられます。
煮干し以外の海産物を飾る地域もある
日本各地の鏡餅には、その土地の産物や文化を反映し、煮干しの他にも実に多様な海の幸が縁起物として飾られます。
それぞれの地域で獲れる特産品や、縁起の良い言葉遊び(語呂合わせ)によって、様々な新年の願いが込められています。
代表的な海産物の飾りには、以下のようなものがあります。
| 海産物の飾り | 主な意味・由来 | 主な地域 |
|---|---|---|
| するめ | 「寿留女」の当て字(家庭円満) 日持ちする(幸せが続く) 足が多い(金運上昇) | 全国各地(特に限定されない) |
| 昆布 | 「よろこぶ」の語呂合わせ 「子生婦」の当て字(子孫繁栄) 「広布」(発展) | 全国各地(特に関西)、沖縄など |
| 伊勢海老 | 腰が曲がった姿(長寿) 茹でた時の赤色(魔除け) | 全国各地(豪華な飾りとして) |
| ホンダワラ | 豊作・豊漁の縁起物(海の米俵) | 富山県呉西地域、山口県萩市など |
| 塩引きブリ | 大漁祈願、立身出世 | 福岡県福岡市志賀島(ヨロズカケ) |
このように、一口に「海産物」と言っても、するめや昆布のように全国的にその名が知られるものから、ホンダワラ(海藻の一種)やブリのように、特定の地域の食文化や歴史と強く結びついたものまで、非常に多様です。
例えば、福岡市志賀島で見られる「ヨロズカケ」は、松の枝に塩引きブリやスルメ、昆布などを吊るす独特の飾り方です。
これらの違いを知ることは、日本の正月文化の奥深さと豊かさを再発見することにも繋がります。
鏡餅に煮干しを飾る意味について
鏡餅に昆布を飾る意味や地域
昆布は、するめと並んで鏡餅の飾りとして非常に広く用いられる、代表的な海産物です。
昆布がこれほどまでに縁起物として大切にされるのには、主に日本語の「言葉遊び」や縁起の良い「当て字」に由来する、複数の幸運な意味が込められているためです。
昆布に込められた主な願い
- 喜びを願う(よろこぶ)
昆布(こんぶ)の音を「よろこぶ」という言葉にかけ、新しい年が喜びに満ちた一年になるようにとの願いが込められています。これが最も広く知られている理由です。 - 発展を願う(広布)
昆布は古く「広布(ひろめ)」と呼ばれていました。この名称から、「喜びが世に広まる」「評判が広まる」といった、一家や商売の発展・繁栄を願う意味も持ちます。 - 子孫繁栄を願う(子生婦)
「子生(こぶ)」や、さらに「子生婦(こんぶ)」という字を当てることもあります。これは文字通り、子宝に恵まれ、子孫が代々繁栄していくことを願う、非常に縁起の良い意味合いです。 - 福を授かる(恵比須目)
かつて昆布の主要な産地であった蝦夷(現在の北海道)にちなみ、「夷子布(えびすめ)」とも呼ばれました。これは七福神の一柱であり漁業や商売繁盛の神様である恵比寿様に通じるため、福を授かるという意味も持ちます。
昆布を飾る風習は、江戸時代に「昆布ロード」と呼ばれる北前船の航路が確立し、北海道の昆布が遠く沖縄にまで運ばれたことにより、全国各地に広まりました。
(参照:日本昆布協会(こんぶネット)「昆布ロードとは?」)
特に関西地方では「よろこぶ」の縁起を担いで珍重されます。
また、沖縄県では正月飾りとして、しめ縄に昆布を巻いた炭と橙(だいだい)を飾り、これを「代々、たん(炭)と喜ぶ(昆布)」と読み解く、地域独自のユニークな形で文化が根付いています。
飾り方も多様で、短冊状に切って添える(秋田県)、餅の下に敷く(富山県黒部市)、巻いて水引をかける(福井県小浜市)、橙に巻き付ける(京都府北部)など、地域によって様々な工夫が見られます。
鏡餅にするめを飾る意味や地域
するめ(スルメ)もまた、昆布と並び称される鏡餅の代表的な縁起物の一つです。
これも単なる飾りとしての慣習ではなく、新しい年が良い一年になるようにとの、具体的で力強い願いが込められています。
主に、するめには「家庭円満」「幸せの継続」「金運上昇」という、暮らしの幸福に関わる代表的な3つの意味があるとされています。
家庭円満・一家安泰
するめは、結婚などのおめでたい場面で「寿留女」という非常に美しい当て字で書かれることがあります。
「寿(ことぶき)を留(とど)める女(おんな)」と書くこの言葉には、嫁いだ女性がその嫁ぎ先に末永く留まり、幸せな家庭を築いてほしいという深い願いが込められています。
このため、家庭円満や一家安泰の象徴とされているのです。
この強い意味合いから、お正月の鏡餅だけでなく、結婚の儀式である「結納品」としても、欠かすことのできない重要な役割を担っています。
幸せの継続
するめは、ご存知の通りイカの水分を抜いて天日で乾燥させた保存食であり、非常に日持ちが良いという物理的な特徴があります。
その腐りにくく長期保存できる性質から、「この幸せが長く、末永く続きますように」という、幸福の継続を願う縁起物とされました。
金運上昇
これはユニークな由来ですが、古く室町時代の言葉で、お金のことを「お足(おあし)」と呼んでいました。
現代でも「交通費がお足らない」といった形で名残があります。
そのため、たくさんの足(触腕)を持つイカ(するめ)は、その姿から「お足(お金)に困ることがないように」という、豊かな一年を願う金運上昇の象徴ともされたのです。
するめを飾る習慣は、煮干しや串柿とは異なり、特定の都道府県や地域に限定されているものではなく、全国の様々な家庭で古くから行われてきました。
これは、するめが乾物として全国に流通しやすかったことも、広い範囲で飾られるようになった一因かもしれませんね。
鏡餅に串柿や干し柿を飾る意味や地域
鏡餅に、干し柿、特に竹串に刺した「串柿(くしがき)」を飾る風習は、主に関西地方で深く根付いている、非常に特徴的な文化です。
中でも、古くからの柿の名産地である和歌山県や奈良県でこの習慣が顕著に見られます。
特に和歌山県伊都郡かつらぎ町の四郷地区は「串柿の里」として全国的に知られ、日本の正月用串柿の約9割を生産しているとも言われています。
(出典:かつらぎ町観光協会「串柿の里」)
この串柿には、新年の幸福と繁栄を願う、人々の様々な祈りが凝縮されています。
串柿に込められた主な願い
- 幸福の招来(嘉来)
最も有名なのが語呂合わせです。柿(かき)という言葉の音から「嘉来(かき)」という字が当てられ、「喜びや幸せがやって来る」「幸せをかき集める」といった、新年に向けた明るい願いが込められています。 - 家庭円満(ニコニコ仲睦まじく)
一般的に串柿は、1本の串に10個の干し柿が刺されています。この並び方にも意味があり、串の両端に2個ずつ、そして真ん中に6個を配置します。これを「いつもニコニコ(2個・2個)、仲睦(6つ)まじく」と読み解き、家族がいつも笑顔で円満に過ごせるように、という温かい願いを表現しているのです。 - 三種の神器(剣)
鏡餅の飾りには、飾り全体を皇室に古くから伝わる「三種の神器」になぞらえるという、非常に格式高い解釈も存在します。この見立てにおいて、鏡餅は「八咫鏡」、橙は「八尺瓊勾玉」、そして串柿が「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」を象徴すると考えられています。柿が串に刺さった形状が、剣を連想させるためです。
飾りの串柿は食べられる?
正月飾り専用として作られる串柿は、お正月の間ずっと美しい形を保てるように、通常よりも水分を抜き、固く干し上げられています。
そのため、食感も非常に硬く、食用にはあまり向いていません。
飾った後は、年神様への感謝を込めて、他の正月飾りと共に神社で行われる「どんど焼き(左義長)」などでお焚き上げするのが丁寧な方法です。
鏡餅は地域ごとに特色がある
鏡餅は、飾られるお供え物だけでなく、年神様が宿る依り代であるお餅そのものの形や色、さらにはお供えを下げていただく「鏡開き」の時期に至るまで、日本各地で驚くほど興味深い地域ごとの特色が見られます。
例えば、お供え物だけでなく、餅そのものの形や色にも大きな違いがあります。
- 紅白の鏡餅
石川県金沢市とその周辺地域では、上段が鮮やかな紅(ピンク)色、下段が白の二段重ねの鏡餅が一般的です。これは、この地を治めた加賀藩主・前田家の武家文化に由来すると考えられています。 - 三段重ねの鏡餅
関西地方の一部では、火の神様である「荒神様(こうじんさま)」へのお供え物として、大小三つの餅を重ねた三段重ねの鏡餅を飾る独特の習慣があります。「福が重なる」という願いをより強調した形です。 - 蓬莱(ほうらい)飾り
石川県能登半島や京都府北部、兵庫県などでは、鏡餅とは別に、三方(さんぽう)と呼ばれる台の上に生米を山盛りにし、その上を昆布・干し柿・銀杏・勝栗などで覆った「蓬莱飾り」という特徴的な正月飾りが見られます。 - 餅の形(丸餅 vs 角餅)
お雑煮の餅の形で知られますが、鏡餅の原型も東西で異なります。一般的に、古来の形を留める西日本では神聖な魂を象徴する「丸餅」、武家文化が発展した東日本では効率性を重視した「角餅」が主流とされます。ただし、北前船の交易拠点であった山形県庄内地方など、東日本にも丸餅文化圏が点在します。
また、年神様の力が宿った鏡餅をいただく「鏡開き」の時期にも、明確な地域差があります。
これは、年神様が家に滞在されるとされる期間、「松の内」の長さが地域によって異なることに基づいています。
| 地域 | 松の内 | 鏡開きの日程(主流) |
|---|---|---|
| 関東地方(全国的に多い) | 1月7日まで | 1月11日 |
| 関西地方 | 1月15日(小正月)まで | 1月15日または1月20日 |
(ただし、同じ関西でも京都の一部の旧家では1月4日に行うなど、地域や家庭によってさらに多様な習慣が存在します。)
お住まいの地域の鏡餅がどのような形か、何が飾られているか、いつ鏡開きを行うかを改めて確認してみると、その土地ならではの歴史や先人たちの願いが発見できて、とても面白いですよ。
鏡餅に煮干しを飾る意味とは?まとめ
この記事では、鏡餅と煮干しをはじめとする様々な飾りについて、その意味や地域の特色を詳しく解説しました。
最後に、この記事の重要なポイントをリスト形式でまとめます。
- 鏡餅に煮干しを飾るのは五穀豊穣や豊漁を願うため
- 煮干しは「田作り(ごまめ)」とも呼ばれ豊作の象徴とされる
- 鏡餅に煮干しを飾る風習は秋田県や青森県など東北地方の一部で見られる
- 煮干し以外にも多様な海産物が縁起物として飾られる
- するめは「寿留女」の当て字から家庭円満を願う
- するめは日持ちすることから幸せの継続を意味する
- するめは足が多いことから「お足」=金運上昇の象徴ともされる
- 昆布は「よろこぶ」の語呂合わせで縁起が良いとされる
- 昆布は「子生婦」として子孫繁栄も願う
- 昆布は沖縄で「代々、たんと喜ぶ」の縁起物にも使われる
- 串柿(干し柿)は主に関西地方で見られる飾り
- 串柿は「嘉来(かき)=喜びが来る」の語呂合わせ
- 串柿10個で「いつもニコニコ仲睦まじく」と家庭円満を願う
- 串柿は三種の神器の「剣」に見立てられることもある
- 鏡餅の形も地域によって異なり石川県では紅白の鏡餅が一般的
- 鏡開きの時期は地域差があり関東は1月11日、関西は1月15日や20日が多い
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